
■ 出身 北海道
■ アーティスト bisq HP
http://www.bisq.net/
北海道出身、シンガーソングライター。
2003年〜 インディーズ全国CDデビュー。テレビ出演。
2004年〜 横浜市民集会ステージ参加。ノーベル賞受賞者来日パーティーで歌う。
2005年〜 ラジオパーソナリティー担当。
2006年〜 中国北京で音楽活動開始。日中交流会ステージ参加。
2007年〜 中国国際放送出演。帰国後、東京で音楽活動再開。
これまでに、約150本の弾き語りライブを行う。
その他、ラジオ、新聞・雑誌、イベント出演多数。
2007・9・23 音楽情報サイト SOUND CASTLEライブイベントの司会スタート
■ 第158話:長く続ける勇気とは
やりたいことを、やり抜くために。
きついこともある。
苦しいこともある。
そこを乗り越えてこそ、先に進める。
私は、「根性」という言葉が好きだった。
体育会系のスピリッツが好きでね〜。
ノーミス練習を毎日課される苦しい部活の日々。
でも、それをやりとげた爽快感は、何ものにもかえがたい。
そんな私が、学生時代の部活で大会に出たとき。
私はさっさと負けたのだが、同じ部から勝ち上がった仲間が決勝戦にコマを進めた。
しかし、大会前からひざを痛めていた彼女。
すでに痛み止めの注射を何回も打って、これ以上はもう限界という状態。
これ以上の負荷は、選手生命を終わらせるかもしれない、そんな状況にもかかわらず決勝戦に出るとのこと。
当時、部長だった先輩が声をかけた。
「やり遂げることも勇気だけど、やめるという判断をすることも勇気だよ」
先輩は、彼女に素晴らしい選手として末永く続けて欲しかったのである。
そんな経験で、私は初めて「長く続ける勇気」の中に「やめる勇気」が含まれていることを発見した。
根性で続けることだけが美徳だと思っていた。
ボロボロになっても、続けなければ誰かに怒られるような気がしていた。
しかし、それで資本となる体に決定的なダメージを受けては、元も子もない。
長く続けるために、本当に何が大切なことなのか見極めて、そこに信念を持って決断する勇気が大切なのだと思った。
ところで、北海道出身で栗城史多氏という20代の有名な登山家がいる。
彼がヒマラヤ登頂を目前に、悪天候のため悔しさの中で下山を決意したときにも、同じ勇気だったのだと思う。
彼が、高山で進むか戻るかの決断には、命がかかっているものね。
今でも元気に活躍している彼の知らせを目にするたびに、人に元気を沸かせる登山へのチャレンジを本当に長く続けて欲しいと思う。
努力することも、ひとつの才能という。
続けることができるのも、才能という。
その続ける才能を持っている人たちへ。
長く続けるために、資本である体を大切にね。
大好きなやりたいこと、末永く末永く続けて欲しい。
きついこともある。
苦しいこともある。
そこを乗り越えてこそ、先に進める。
私は、「根性」という言葉が好きだった。
体育会系のスピリッツが好きでね〜。
ノーミス練習を毎日課される苦しい部活の日々。
でも、それをやりとげた爽快感は、何ものにもかえがたい。
そんな私が、学生時代の部活で大会に出たとき。
私はさっさと負けたのだが、同じ部から勝ち上がった仲間が決勝戦にコマを進めた。
しかし、大会前からひざを痛めていた彼女。
すでに痛み止めの注射を何回も打って、これ以上はもう限界という状態。
これ以上の負荷は、選手生命を終わらせるかもしれない、そんな状況にもかかわらず決勝戦に出るとのこと。
当時、部長だった先輩が声をかけた。
「やり遂げることも勇気だけど、やめるという判断をすることも勇気だよ」
先輩は、彼女に素晴らしい選手として末永く続けて欲しかったのである。
そんな経験で、私は初めて「長く続ける勇気」の中に「やめる勇気」が含まれていることを発見した。
根性で続けることだけが美徳だと思っていた。
ボロボロになっても、続けなければ誰かに怒られるような気がしていた。
しかし、それで資本となる体に決定的なダメージを受けては、元も子もない。
長く続けるために、本当に何が大切なことなのか見極めて、そこに信念を持って決断する勇気が大切なのだと思った。
ところで、北海道出身で栗城史多氏という20代の有名な登山家がいる。
彼がヒマラヤ登頂を目前に、悪天候のため悔しさの中で下山を決意したときにも、同じ勇気だったのだと思う。
彼が、高山で進むか戻るかの決断には、命がかかっているものね。
今でも元気に活躍している彼の知らせを目にするたびに、人に元気を沸かせる登山へのチャレンジを本当に長く続けて欲しいと思う。
努力することも、ひとつの才能という。
続けることができるのも、才能という。
その続ける才能を持っている人たちへ。
長く続けるために、資本である体を大切にね。
大好きなやりたいこと、末永く末永く続けて欲しい。
■ 第159話:夢を追うこと
昔、小学校にあがって二年目でピアノを習い始めたとき、誰からともなく言われたものだ。
「3歳からピアノを習い始めないと遅いでしょう。二年生からじゃねぇ」
ピアノを習いたい!という止められない気持ちで、初めて自分から願い出て習った習い事。
嬉しくて嬉しくて、ピアノを弾くのが楽しくてしかたがなかった毎日。
一生懸命練習するものだから教本もどんどん進んだが、いくら上手になっても、あの言葉を耳にするたびに悲しい気持ちになったのを覚えている。
少年野球で頑張る子がプロ野球選手を夢見るように、ピアノを習っていればピアニストを夢見るのは自然なことだ。
しかし、子供心ながら、世間の言う“遅く”始めた自分はそれさえ夢見てはいけないかのようで、どこか自分の中で線を引いていた記憶がある。
「どうして、今からじゃ遅いの? こんなに楽しいのに、いけないことなの?」
その疑問は、もしかしたらその後自分の生き方に影響したのかもしれない。
会社に入って二年目で音楽を志そうと思い立ったとき、ぼんやりとどこかで聞いたセリフが浮かんできた。
「今さら音楽をやろうったって、もう遅いかな」
オーディション雑誌を見ても、女性の年齢制限は23歳とか、せいぜい25歳までだ。
歌なんて習ったことないし、今からヴォイストレーニングに通い始めるとしたって、 あっという間にタイムオーバーに決まってる。
しかし、あのときの私は悩まなかった。
音楽をやりたい気持ちが、他のことをどうでもよくさせたのだ。
いざ始めてみると、いろんなことが見えてくる。
世間一般で“遅く”始めたたくさんの人が、キラキラ輝いていることに気付く。
彼らの笑顔は、「この年になるとねぇ〜」なんてビール片手に愚痴っている大人たちより、何倍も魅力にあふれていた。
そうだ。
夢を追うことに、年齢なんて関係ないのだ!
当たり前のような言葉が、いざ自分が始めてみると実感として見えてくるのがわかる。
やりたいと思い立ったときが、その人の人生でベストなタイミングなのだ。
肉体は年齢とともに衰えるが、精神は衰えない。
むしろ、精神は年齢とともに輝きを増していくと言ってもいい。
「やりたい」と心の奥から湧き上がる純粋な気持ちが、その人を最大限に輝かせるのだ。
さあ。
ためらわないでね。
夢を追うこと。
「3歳からピアノを習い始めないと遅いでしょう。二年生からじゃねぇ」
ピアノを習いたい!という止められない気持ちで、初めて自分から願い出て習った習い事。
嬉しくて嬉しくて、ピアノを弾くのが楽しくてしかたがなかった毎日。
一生懸命練習するものだから教本もどんどん進んだが、いくら上手になっても、あの言葉を耳にするたびに悲しい気持ちになったのを覚えている。
少年野球で頑張る子がプロ野球選手を夢見るように、ピアノを習っていればピアニストを夢見るのは自然なことだ。
しかし、子供心ながら、世間の言う“遅く”始めた自分はそれさえ夢見てはいけないかのようで、どこか自分の中で線を引いていた記憶がある。
「どうして、今からじゃ遅いの? こんなに楽しいのに、いけないことなの?」
その疑問は、もしかしたらその後自分の生き方に影響したのかもしれない。
会社に入って二年目で音楽を志そうと思い立ったとき、ぼんやりとどこかで聞いたセリフが浮かんできた。
「今さら音楽をやろうったって、もう遅いかな」
オーディション雑誌を見ても、女性の年齢制限は23歳とか、せいぜい25歳までだ。
歌なんて習ったことないし、今からヴォイストレーニングに通い始めるとしたって、 あっという間にタイムオーバーに決まってる。
しかし、あのときの私は悩まなかった。
音楽をやりたい気持ちが、他のことをどうでもよくさせたのだ。
いざ始めてみると、いろんなことが見えてくる。
世間一般で“遅く”始めたたくさんの人が、キラキラ輝いていることに気付く。
彼らの笑顔は、「この年になるとねぇ〜」なんてビール片手に愚痴っている大人たちより、何倍も魅力にあふれていた。
そうだ。
夢を追うことに、年齢なんて関係ないのだ!
当たり前のような言葉が、いざ自分が始めてみると実感として見えてくるのがわかる。
やりたいと思い立ったときが、その人の人生でベストなタイミングなのだ。
肉体は年齢とともに衰えるが、精神は衰えない。
むしろ、精神は年齢とともに輝きを増していくと言ってもいい。
「やりたい」と心の奥から湧き上がる純粋な気持ちが、その人を最大限に輝かせるのだ。
さあ。
ためらわないでね。
夢を追うこと。



